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「あきらめる」はネガチィブ?

「あきらめる」はやめてしまう、断念する、といううしろむいきの意味でとらえられます。
仏教には「あきらめる教え」という考え方があるよです。
仏教とはそんなネガチィブ教えを広めているのでしょうか。
しかし「続けることの大切さ」を教えの表現の「恐ろしや たゆまぬ歩み かたつむり」という仏教の歌が有る様です。
あの歩みののろいカタツムリでも、たゆまず歩み続け、やがて鬼瓦の頂上まで登っていく、という歌です。

本来、仏教で「あきらめる」とは「諦観」と書き「アキラカニミル」とよむらしいです。
意味は「どうしてそういう結果になってしまったのか、その原因を明らかに見なさい」ということです。

彼女にメール送っても無視される男性に「彼女のことをもうあきらめろ」というのも、彼女のことを忘れて違う人探そう、酒でも飲んで忘れよう、
という意味ではなく、彼女に無視されているという結果には必ず原因がある、その原因となっている自己の言動を改めようということになるのです。

決して「諦観(あきらめる)」という思考はネガティブで、消極的なものではなく、本来はポジティブで前向きに道を切り開く考えの言葉だたのです。

<神戸で不動産エージェントの住マイルセブン>


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